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2008年2月

2008/02/26

最後の一週間になりました。

20080225
 高知市東部福祉センター内にある、障害児の放課後の見守り施設(表現が正しくないかもしれません)、「すまいる」です。我が家の姉妹は春野にある養護学校からスクールバスに乗って高須の福祉センターまで帰ってくると、僕らが迎えに行けるまでの1時間半ほどをこの「すまいる」で過ごします。
 このような、施設、サービスがなければ、夫婦共働きは続けてこられませんでした。9時から3時までの学校や、デイサービスしか頼るところがなく、朝夕のわずか1~2時間、障害のある子どもをあずかってもらえるところがなく、仕事を辞めるしかなかったお母さん達がたくさんいました。我が家も、何度かもう仕事を辞めるしかないところまできながら、奇跡的とも言えるような第三者の善意、新たな施設、制度のスタートにより、何とか一家4人、現在の暮らしを続けてきました。一昔前までは、障害のある子どもは基本的に親兄弟が世話すべきという風潮があったように思います。はっきりと口に出さなくても、そういう考え方の人が福祉の仕事を普通にしていました。
 長女は今週土曜日、養護学校高等部を卒業します。翌週から、早速、香南市にあるデイサービス施設にお世話になることが決まっています。「すまいる」の仲間たちと過ごせるのは、あと、三日間になりました。
 幸い、ほとんど病気をすることのない子ども達には、もっと多くの人たちとの出会い、新しい場所での新しい経験をさせてやりたいと思っています。

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2008/02/22

農場長は18才、そして次のステップへ

20070215

 長女の誕生日から、一週間経ってしまいました。小さな頃、長期入院をしたこともありましたが、基本的には元気で、手のかからない子どもでした。彼女に関わってくださった全ての皆さんに感謝しています。我が家では「じからしゃへ」というのが最近の流行語です。「障害児から障害者へ」なんですけど。文部科学省から厚生労働省へと言うことなんです。普段、お世話になることになる施設や制度もかわりますので、いろんな手続き等で結構、忙しいです。
 そんな日々ですが、本業のほうも今年度の重要な会議が無事とは言えませんが、なんとか終わりほっとしています。

 長女は須崎で生まれましたが、医大病院に入院していたこともあり、高知市に引っ越し。現在のハウス野菜での減農薬栽培技術(IPM)普及のきっかけになった、マルハナバチをナスの交配に利用する技術の現場試験を高知で開始したのがこの頃でした。南国市のナス農家さんのハウスから、直接、子どもの入院する病院に行ったり、そんな生活でした。
 つまり、長女の生長と同時進行で、僕は高知の基幹産業ともいえるハウス園芸での環境負荷低減と生産物の安全性向上(わかりにくいですね、まあ、減農薬栽培の普及)という仕事を一貫してやらしてもらってきたことになります。

 昨日の会議のメンバーに有機農業を実践されている方が加わりました。有機農業の広い定義は、化学的に合成された肥料、農薬は使わない、遺伝子組み換え技術は使わないということになりますので、基本的に今までやって来た減農薬とは異なる考え方に立っているとも言えます。また、関係機関のみなさんからもたくさんご意見いただきましたが、10年前、いや3年前と比べても大きな変化、進歩だと感じました。
 この春、長女の人生も僕の仕事も、次のステップに進まなければなりません。
 次は流通対策(高知の農産物をいかに販売していくか)ともう一つ、最重要課題は山間地です。
 就職した頃、当時の知事の口癖は山間部のしわ伸ばしでした。もう、かけ声だけではどうしようもなくなりました。もう一度、農業と林業の新しい関係づくりが必要ではないでしょうか。キーワードは環境保全(生物多様性)、温暖化防止、集落機能の維持、そして重要なスパイスは有機農業。

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2008/02/21

レモンでお菓子

20080216
 昨年夏のイベントで来高されていたフランス菓子の久我先生から、浦の内ミカン園のレモンを使ったお菓子が届きました(スローフード高知事務局からお裾分けで)。自家製レモネードと一緒におやつになりました。チョコレートのクリームとほのかにレモンの香りのするさくさく(中はしっとりです)の生地が相性ピッタリ。他にも何種類かのお菓子をいただき、子ども達も大喜びでした。イタリアの?栗を使ったものもありましたが、今年はsaho&eri Farmの栗でお願いします。

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2008/02/07

携帯電話

 携帯番号を変更しました。次女が生まれて少ししてから購入しましたので、10年くらい使っていますが、自分の番号は覚えられませんでした。変更手数料2100円に200円プラスすると下四桁は好きな番号が選べるとのことで、語呂合わせで、覚えやすい番号にしました。
 窓口の女性が電話機の中から器用に指先ほどのチップを取り出し、パソコンにつながった小さな箱に押し込むと、書き換え作業は10秒ほど。そのチップを携帯電話に戻すのですが、昔見たSF映画を思いだし、自分のこめかみに、チップが埋め込まれたような気分になりましたね。
 時々発作のある子供に何かあったらどうしよう、一刻も早く駆けつけたいと思いだし、携帯電話を持ってないと仕事に行けなくなった時期がありました。兄が亡くなった日の朝、容態急変の電話を受けながら、イベント会場を離れられず、意識のあるうちには会えずじまいでした。今も、最後に言葉を交わせなかった悔しさを思い出します。もし、携帯などなくて、彼の様子を知らず終いであったら、これほどの悔しさは感じないでいられるかもしれない。
 便利な生活を手に入れた僕らは、幸せな生活を送っているとは言えない。

 

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