梅雨の真っ只中
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高知市内に「真魚(まお)」さんという沖縄料理店がありますが、手術からちょうど5週間、自主的快気祝いに行ってきました。大好きな島らっきょうを食べたかったのです。そう、最近やっと、お腹が空くと言う感覚が戻ってきました。
ところで、沖縄の有名な食材である島らっきょうは、品種的には、高知の大方や吉川でつくられている「らくだ」なのだそうです。玉の部分が肥大する前に、収穫しているだけとのこと。
皆さん、知ってましたか。
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よろず農園さんから、花付きズッキーニが届きました。今まで、代金を払ったことがありません。よろしいのでしょうか?このズッキーニ、池田律子さんの料理教室用に青山や宝塚に空輸(大げさ?)されているものです。池田さんの手にかかれば、オシャレなイタリアンになるのでしょうが、うちでは専ら、オリーブオイルでソテーするだけ。味つけは、塩胡椒にバジルだけ。でも、うまいなー。フォカッチャにも、ご飯にもあいます。

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午前中は、急な入院でご心配をおかけした有機農業関係の皆さんへのご挨拶をかねて、オーガニックマーケットへ。強い雨にもかかわらず、結構、お客さんが来ています。この調子なら、継続は間違いないですね。また、いごっそう農園のゆっきーさんにもお会いできました。
夕方は春野のお友達宅へご招待というか、おしかけ晩ごはん。何せ、大手術後3週間ですので、トマトサラダをメイン・ディッシュ?にしてもらいましたが、結構、食べました。でも、異常なし。朝から、結構動けましたので、徐々に体力も戻ってきている感じです。
家主さんによると、お知り合いが山形のアル・ケッチャーノに食べに行ってるそうで、こっちは「ハル・ケッチャーノ?」ということで、盛り上がりました。はちきん地鶏や自家菜園、直販市の野菜など(イモ餅も)の料理は美味しかったです。写真にはありませんが、先日、スローフード高知でお世話になった池田律子さんレシピのエンドウマメのリゾットも出てきて、美味しかった。農場長も「食べたーい」という口になってました。

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決して、更新をさぼっていた訳ではありません。4週間近く、人生初めての入院生活を送っていました。ひどい腹痛で救急病院に運ばれ、少し様子を見ていましたが、結局、手術。大腸の一部を切り取ってつなぎましたが、すぐには大腸は使えんと言うことで、右脇腹に人工肛門が付きました。
手術までは、歩くのもつらいような腹痛。手術後は傷の痛み(不運にも硬膜外麻酔があまりうまく効かなかったとのこと)で、考えごともできず、人生を振り返ることもなく、帰ってきました。
ただただ、二人の子どもをかかえ、留守を守ってくれた家族に感謝です。そして、病院のお医者さんも看護師さんも、掃除のおばちゃんにいたるまで、本当に良い人ばかりで、僕はいつも人に恵まれているなと感じています。
お見舞いに来てくださったみなさん、本当にありがとう。
春の異動があって、前の仕事も片付いてない、新しい職場には数日しか行ってない。皆さん、ご迷惑をおかけします。
ちょっと痩せて、やっぱり疲れていますが、ボチボチと行きます。
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我が家の正面に見える山は、地元では介良富士と呼ばれています。正式な名称ではないでしょう。子どもの頃から、介良富士。電車通りあたりから見ると、確かに富士山に似てます。この時期、神社のまわりのソメイヨシノはじめ、ヤマザクラなど複数種の桜の仲間で、うっすらピンク色に。実は見えてない反対側は、見事に削られて、大きな団地になってるんですが、僕の見ている山の姿は40年前と同じ。小学生の僕は、昨年亡くなった兄とピンクの山を見ながら、ストーンズやジェファーソン・エアプレインを聞いていました。
同じ場所で、二人の娘と弘道お兄さんの高知やさい体操をインターネット動画で見ています。
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今日は、土佐町にある有機のがっこう「土佐自然塾」の第二期生の卒業式に出席していました。11名の卒業生のうち、県外出身者を含め、9名の皆さんが高知県内で就農、就職されるとのこと。昨年は確か8名が嶺北地域中心に就農。今年は安芸郡や幡多郡でも就農され、有機のがっこう卒業生は県内に増殖中と言ったところでしょうか(失礼?)。
最近の県内新規就農者は年間110名程度のようですので、ここの卒業生の就農状況は結構な数ですよね。
卒業生の皆さんには、継続し、そして、本物を目指してもらいたい、そんなことを考えていました。50過ぎたせいかもしれませんが、エイベックス系では心が動かない。本物でないと、仮にお金を動かせても、人の心は動かせない。つまり、世の中は変わらないということだと思います。
何せ、有機農業の皆さんは僕の「勝手に菜園家族レボリューション計画」の重要なメンバーなんですから、頑張ってもらいたいです。
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隣の課のAチーフからのプレゼント。赤ピーマンと普通の緑色のピーマンを使ったお菓子。特に緑色のほうは、結構ストレートにピーマンの味、香りがします。農場長も口に入れてから、少し時間が経つと、オッとという表情になりました。でも、いやではないようです。もともと、好き嫌いはありませんし。
さて、このお菓子、東京の「パティスリーポタジェ」さんが高知野菜を使って、作っているとのこと。
弘道おにいさんの「高知やさい体操」も結構な人気でした。前知事や宮崎のように知事のトップセールスは期待できませんが、隣の課が言うように、弘道おにいさんで紅白狙いましょう。
宣伝するからには、商品である「高知野菜」の見た目だけではない食品として安全性まで含めた「本当の品質」をちゃんと確保することが、今の僕の仕事。
18年度、19年度で仕組み作りの基礎はそこそこできました。土曜日にスーパーマーケットのインショップ(直販市)の総会(講習会)によんでいただきましたが、人の心が動き始めているのを感じました。でも、僕の話は時間もなくて、解りにくかったのではと反省しています。
どっちにしても、次の3年が勝負です。
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あっという間の12年間、長女は養護学校を卒業しました。本当にまわりのみなさんのおかげです。
いつも思うのですが、養護学校の卒業式、その後の昼食会、PTAの懇親会にいたるまで、本当によくみんな泣きます。文化祭や運動会なども、もちろん同じ。障害故にイノセンスな(通常より、よりイノセンス?、大江健三郎さん風に言うと)な子どもと、人としても、しっかりとした関係を持とう努力される先生の集まりである養護学校ならではの風景かもしれません。
そして、職場に帰って思うことは、いつも同じ。けんちゃん流に言うと特権階級なのに・・・・・。つまり、勉強できても、人の心は動かせない(一昔前なら、お金で少しは動かせたかもしれないが、それもない)、社会を変えることはできない。大学に進学し、公務員を目指したいという長女の同級生がいます。僕らには、君のような人間の助けが必要です。待ってるよ。
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高知市東部福祉センター内にある、障害児の放課後の見守り施設(表現が正しくないかもしれません)、「すまいる」です。我が家の姉妹は春野にある養護学校からスクールバスに乗って高須の福祉センターまで帰ってくると、僕らが迎えに行けるまでの1時間半ほどをこの「すまいる」で過ごします。
このような、施設、サービスがなければ、夫婦共働きは続けてこられませんでした。9時から3時までの学校や、デイサービスしか頼るところがなく、朝夕のわずか1~2時間、障害のある子どもをあずかってもらえるところがなく、仕事を辞めるしかなかったお母さん達がたくさんいました。我が家も、何度かもう仕事を辞めるしかないところまできながら、奇跡的とも言えるような第三者の善意、新たな施設、制度のスタートにより、何とか一家4人、現在の暮らしを続けてきました。一昔前までは、障害のある子どもは基本的に親兄弟が世話すべきという風潮があったように思います。はっきりと口に出さなくても、そういう考え方の人が福祉の仕事を普通にしていました。
長女は今週土曜日、養護学校高等部を卒業します。翌週から、早速、香南市にあるデイサービス施設にお世話になることが決まっています。「すまいる」の仲間たちと過ごせるのは、あと、三日間になりました。
幸い、ほとんど病気をすることのない子ども達には、もっと多くの人たちとの出会い、新しい場所での新しい経験をさせてやりたいと思っています。
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長女の誕生日から、一週間経ってしまいました。小さな頃、長期入院をしたこともありましたが、基本的には元気で、手のかからない子どもでした。彼女に関わってくださった全ての皆さんに感謝しています。我が家では「じからしゃへ」というのが最近の流行語です。「障害児から障害者へ」なんですけど。文部科学省から厚生労働省へと言うことなんです。普段、お世話になることになる施設や制度もかわりますので、いろんな手続き等で結構、忙しいです。
そんな日々ですが、本業のほうも今年度の重要な会議が無事とは言えませんが、なんとか終わりほっとしています。
長女は須崎で生まれましたが、医大病院に入院していたこともあり、高知市に引っ越し。現在のハウス野菜での減農薬栽培技術(IPM)普及のきっかけになった、マルハナバチをナスの交配に利用する技術の現場試験を高知で開始したのがこの頃でした。南国市のナス農家さんのハウスから、直接、子どもの入院する病院に行ったり、そんな生活でした。
つまり、長女の生長と同時進行で、僕は高知の基幹産業ともいえるハウス園芸での環境負荷低減と生産物の安全性向上(わかりにくいですね、まあ、減農薬栽培の普及)という仕事を一貫してやらしてもらってきたことになります。
昨日の会議のメンバーに有機農業を実践されている方が加わりました。有機農業の広い定義は、化学的に合成された肥料、農薬は使わない、遺伝子組み換え技術は使わないということになりますので、基本的に今までやって来た減農薬とは異なる考え方に立っているとも言えます。また、関係機関のみなさんからもたくさんご意見いただきましたが、10年前、いや3年前と比べても大きな変化、進歩だと感じました。
この春、長女の人生も僕の仕事も、次のステップに進まなければなりません。
次は流通対策(高知の農産物をいかに販売していくか)ともう一つ、最重要課題は山間地です。
就職した頃、当時の知事の口癖は山間部のしわ伸ばしでした。もう、かけ声だけではどうしようもなくなりました。もう一度、農業と林業の新しい関係づくりが必要ではないでしょうか。キーワードは環境保全(生物多様性)、温暖化防止、集落機能の維持、そして重要なスパイスは有機農業。
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携帯番号を変更しました。次女が生まれて少ししてから購入しましたので、10年くらい使っていますが、自分の番号は覚えられませんでした。変更手数料2100円に200円プラスすると下四桁は好きな番号が選べるとのことで、語呂合わせで、覚えやすい番号にしました。
窓口の女性が電話機の中から器用に指先ほどのチップを取り出し、パソコンにつながった小さな箱に押し込むと、書き換え作業は10秒ほど。そのチップを携帯電話に戻すのですが、昔見たSF映画を思いだし、自分のこめかみに、チップが埋め込まれたような気分になりましたね。
時々発作のある子供に何かあったらどうしよう、一刻も早く駆けつけたいと思いだし、携帯電話を持ってないと仕事に行けなくなった時期がありました。兄が亡くなった日の朝、容態急変の電話を受けながら、イベント会場を離れられず、意識のあるうちには会えずじまいでした。今も、最後に言葉を交わせなかった悔しさを思い出します。もし、携帯などなくて、彼の様子を知らず終いであったら、これほどの悔しさは感じないでいられるかもしれない。
便利な生活を手に入れた僕らは、幸せな生活を送っているとは言えない。
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体調不良で、とうとう仕事を休んでしまいました。何ヶ月ぶりでしょうか、昼間半日、何もせずに過ごしました。正確には、カバンに入れたままだった「笑進笑明 駿介命の書」を取り出して、読み返してました。著者の日浦駿介君は高知若草養護学校を昨年卒業した、ストリート書家です。テレビのチャリティー番組等でご存じの方も多いかもしれません。
「魚が魚らしく泳ぐように 俺は俺らしく今を生きる」
長女の一年先輩、18才の少年の言葉に励まされています。18才の頃の僕は親のスネをかじりながら東京で遊んでいるバカな大学生でした。無駄だったとは思いませんが、30年以上過ぎて、大して成長もしていないことをやっと自覚できるようになりました。
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次女は今日で12才、春には中学生です。彼女の人生にかかわってくれたすべての方々に感謝します。また、長女は来月18才になり、養護学校高等部を卒業します。養護学校を卒業すると、この子らのような重度の重複障害児(者)は生活の場が極端に狭められます。福祉的就労が困難な場合は、基本的に家と限られた福祉施設との往復の日々。同時に長女のクラスメイト達の中には、まさに自立生活が可能ではと思われる人たちがいますが、今、話題の障害者自立支援法は「阻害法」としか思えませんね。
また、機会均等を言ったところで、個人の努力だけではどうにもならない壁が日本社会には現実に存在することを政治家や行政担当者は認識しなければなりませんね。いわゆる、障害の有無とかの話ではなく。ですから、応益負担がいつも正しいとは限らない。
この春から、一家がどう暮らしていくのか、大問題。その準備が、最近の忙しさに拍車をかけていますが、友達大事、仕事も大事、お魚さんや畑も大事、それで何とかやってきましたから、何とかなるでしょう。
とりあえずは、我が家の誕生日の定番、ご近所ケーキ屋さん、マリアージュのバースデイケーキでお祝いしました。
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新年、明けましておめでとうございます。2007年後半から週刊新聞化しつつありますが、今年も、よろしくお願いします。2005年のお正月にこのブログをスタートさせたとき、偏った情報で物事を判断しては危ないよ、いろんな見方をしないとみたいなことを書きました。例はブラックバス害魚問題でした。2008年のお正月、関心事はやっぱり温暖化問題です。もう一度、ゴアさんと、最近有名になってきた武田先生の本を読み返すことから始めます。
ところで、僕らの仕事の年度は4月-3月なんですが、3/4終わったところで、予定の半分くらいしか仕事が片づいていません。50才のリフレッシュ休暇はとれるのでしょうか。ちなみに、40才の時とれたリフレッシュ休暇はとれず仕舞いでした。つまり、とりあえず、自分のことしか考えていません。
そんなこととは関係なく、雲の間から昇る土佐湾の日の出も素晴らしかったです。
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夕方、外出先で長女が熱を出し、慌てて帰宅。少し、愚図っていましたが、最近のお気に入り、ティモシー・B・シュミットさんを聞きながら、少しニヤニヤしながら、寝入りました。
ティモシーおじさんはイーグルスのベーシストですが、名曲「言い出せなくて」や新アルバム中、「 I Don't Want To Hear Anymore」の甘く切ない、あのボーカルの人です。
イーグルスのボーカルはホテルカルフォルニアのドン・ヘンリー、そして、グレン・フライでしょうけど、僕的にはティモシーおじさんですね。ビートルズだとジョージハリスンが好きで、ストーンズだとミック・テイラー。やっぱり、ちょっと変わってるかもしれませんけど、長女には遺伝しているようです。
最近、長女は起き抜け時に発作が増え、抗てんかん剤の調整もしているところですが、ティモシーおじさんの曲で目覚めると、発作が少ないです。気分よく目が覚めるのかもしれない。化学合成された薬よりもたぶん効いてます。
さて、明日の朝、熱が下がっているとよいのですが。(流行りの嘔吐下痢の風邪でした)
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我が家には、十数台のアップル社のコンピューターがあります。ただし、1970~90年代のものばかりで、実用品ではありません。妻に言われるまでもなく、おバカです。ですので、普段はマイクロソフト帝国の奴隷。でも、体は売っても心までは・・・・・。
亡くなった兄が東京から転院してきたとき、ずっと使ってきた初代iMacを持って帰ってきました。OS9.2でインターネットもそれほど、ストレスなく使えます。兄のやっていたブログをしばらく引き継ぐつもりですが、更新などはこのiMacでやってます。
そして、とうとう、新OSアップグレード付き、現行Macを買っちゃいました。パッケージには Designed by Apple in California の文字が・・・・・。
そういえば、最初に聞いた洋楽(記憶のしっかりある)レコードは兄が聞かせてくれた「夢のカリフォルニア」、「花のサンフランシスコ」、そして、ジェファーソンエアプレインの「あなただけを」でした。ビートルズ、ストーンズもありましたが、僕の西海岸志向はこの頃始まっていたのかもしれません。黒人音楽をのぞけば、その後、のめり込んだのは、ビーチボーイズ、イーグルス、そして、ベイエリア代表、タワーオブパワーでした。独身時代、古いVWに乗ってましたが、ワーゲンはドイツ車ではなく、カルフォルニア車ですよね。
アップル社の二人のジョブスといえばカウンターカルチャー。土佐のいごっそうとどこか通じるのかもしれない。何せ、太平洋の向こうは、ハワイをはさんでカルフォルニアですから。
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仕事を始めて、27年。60才定年として、残り10年になりました。実は、今年ほど担当している業務に関して、苦情やお叱りを外部の方からいただいたことはありませんでした。新しいことに、つまり、慣れていないこと、手法が確立されていないことに取り組み始めたこともありますが、かなり、ショックを受けつつ、また、反省もしているところです。大きな仕事をかかえましたので、以前のように一人では突破できない。チ−ムプレイが大事ですが、一番苦手な分野。
以前、公務員はある意味、公的奴隷なんだということを書きました。もちろん、実際の仕事の仕方はそんなことはとても言えないような状態なのですが、気持ちは忘れないでいたい。
また、知事選。投票日は外せない用事があり、期日前投票をと思っていましたが、忙しく、偉そうなことを言いながら、結局棄権してしまいました。今回は白票のつもりでしたので、無理をしてでもという気持ちが薄らいでました(反省!)。新しい親分は全国最年少とのことで、10歳年下。後の10年、やりたいことはいっぱいありますが、どこまでやれるのか?
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先週、めずらしく職場の飲み会に参加しました。と言っても、僕の勤続表彰(50才になりました)を祝っていただいたので、これは出ないわけにはいきません。自分の好きなことしかしていないのに、皆さんに申し訳ない。本当にありがとうございます。
ところで、飲み会というかカラオケではサザンのTSUNAMIは人気曲らしいです。人気バンドの最大のヒットですから、当然。桑田さんには何の罪もないのですが、2004年のスマトラ沖地震のとき、のんきにTSUNAMIなんぞ、歌とうたらイカンやろと、その年の忘年会で一人怒ってた記憶があります。なんで、そんなこと思い出したかというと、子どもを寝かしがてら、無料動画のGyaOを見ていたら、上田正樹さんが同じことを歌ってました。SOUTH TO SOUTH の時から大好きだった上田さんは最近、やたらTVに向かって怒ってるらしくて、50になった僕も同じようなおじさんになっているということなのでしょうか。
その曲「アー・ユー・OK?」の入ったCD、フリーダムを購入しましたが、かっこえいの一言です。オススメ。
ところで、投票率50%割れは確実などと言われている25日の高知県知事選挙。 そんなんで、皆さんは Are You OK?
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中学の頃から、所謂、ながら族です。「ながら」は何をする時も、音楽を聴きながら。最近、趣味は音楽鑑賞などと言う人はあまりいないと思いますが、僕の場合は、とにかく、音楽がないとダメです。職場でも、iPodを聴いていたいけど無理でしょ。アイデアをまとめたり、資料作るとき、音楽があった方が、ずっと効率よく、よいものができる。大体、昼間の職場では、電話が鳴りっぱなし、雑用がほとんどで、考えをまとめることなど不可能です。でも、この雑用をいかに丁寧にやるかが、その後の仕事の進み具合にかかわってくる。
近頃、自宅や最近かよいはじめたネットカフェで作戦をねることが多い。
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先週、西表からの帰り、石垣空港の売店でDVDを買いました。20年前の石垣島が舞台になった映画、「恋しくて」。以前、見たいなーと書きましたが、とりあえず、高知での上映予定はなし。10月下旬にDVDが発売になっていたようです。
中江監督の沖縄映画はずっと見ていますが、本作は全体的に(特に後半)ラフな感じがします。ご本人もこれはドキュメンタリー?とどこかに書かれていますが、意図的な編集(つくり)なのかもしれません。僕的には、どこか、見覚えのなる風景のなかで展開される青春ドラマ、しかも、音楽たっぷりなので、言うことありません。
BEGINの主題歌、「ミーファイユー」の歌詞の中に、「・・・空港への4号線・・・」というのがありますが、今回の旅行中、レンタカーでこの4号線を走りました。遠くの丘の上には、いつもお世話になってる泡盛、「八重泉」の工場が・・・・・・。
石垣も西表も訪れるたびに、風景が変わっていきます。リゾートホテルなどの建設ラッシュ。でも、人のたたずまいは変わりませんね。島には揺るぎない独自の文化が生きているように感じます。今の高知にはこれがないように思います。お金で心まで売ってしまってはいけない。
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2007年9月18日は、生前、兄が迎えることができた最後の誕生日でした。そして、僕は最初で最後のバースデイ・プレゼントを彼に贈りました。ジュール・ヴェルヌの「二年間の休暇」、一般的には「十五少年漂流記」として知られている冒険小説です。「子どもの頃、何度も読んだなー。もう一度読みたい」と話していましたが、たぶん、読んでいないはずです。誕生日のあと、なくなるまでの一ヶ月足らず、彼はブログと書きかけの小説の仕上げに集中していました。。
プレゼントした本は彼の娘の写真と一緒に棺に納めました。そして、僕も文庫を手に入れ、北半球の亜熱帯の島で読み返しました。小学校以来、数十年ぶりです。小説の舞台、チェアマン島 は南半球の温帯の島でしょうが、僕にとっての冒険の島は西表島。たぶん、これで兄の冒険の島にも・・・・・・・。
いつもお世話になる竹盛旅館さんには、ノンフィクション作家、山根一眞さんの色紙が飾られています。「十五少年漂流記、宝島、ロビンソン・クルーソーが好き・・・・ 何度でも来たい島、西表島・・・・・・」と。
仲間川の支流で記念撮影し、その後、支流の行き止まりで投げ込んだマリンボックスさんにお借りしたルアーは空中に吹っ飛び、フックはつぶされ、スプリットリングは伸ばされました。この島にはならず者はいませんが、川の中に想像を超える大物がいます。
観光客があふれるようになったこの島ですが、山根さんにとっても、僕にとっても、そして、兄にとっても冒険の島であることにはかわりません。

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兄が亡くなって、半月が経ちました。春に東京から転院してきてから、2,3日に一度、病院に出かけるのが日課でしたから、何か調子が狂っています。よく、何事にも手がつかないなどと言いますが、そんな状況です。
ほぼ40年ぶりに故郷に帰ってきたものの、そのまま病院のベッドに直行するしかなかった彼には、見たい物や、行きたいところがたくさんあったようです。忙しさにかまけて、涼しゅうなったら行こうやと先延ばしにしていたら、もう、ベットから離れることができなくなっていた。心残りです。彼が書き残したものが、たくさんありますが、読む時間がなかなかとれないというか、読めないでいます。僕自身のリセットが必要なのかもしれません。
そんなことには関係なく、先週から、庭のキンモクセイが咲き始めました。昨年は、かなり遅い開花でしたが、今年も暑かったものの、10月に入って、一気に涼しくなったせいでしょうか、平年並みの開花時期。
暑い夏を気力で乗り切り、やっと涼しくなったのに。でも、兄は最後まで彼らしくやった、そんな人でした。
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本業のネタを少し。昨日、13日は帯屋町のひろめ市場で、「こだわり農産物フェア」というイベントを開催していました。けんちゃんはじめ、ブログ知り合いの顔も見られて、よかったです。
昨年まで、環境マネジメントシステムの国際規格、ISO14001に取り組む農家さんだけでフェアを開催していましたが、今年は同じように環境や安全安心にこだわって農産物づくりに取り組んでいる、有機農業、無農薬(減農薬)栽培の方々にも参加していただきました。農家同士が、「うちはレベルが高くて、あっちはすぐやれるから・・・・・」 などと言いあっているうちは、広がりはない。アプローチの仕方は違っても、消費者に少しでも安全で美味しい物を届けたいという思いは皆同じはずという、僕も思いこみ(かもしれない)というか、そうあってほしいという個人的な願いがスタートでした。運営等、心残りがありますが、なにより、例年以上のお客さんに来ていただき、リニューアル一年目としては、大成功でした。来年もよろしく。
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午後、偶然ですがNHKのドキュメンタリー、「日本国憲法誕生」を見ました。春にちらっと見ましたが、何度目かの再放送。
あたかもGHQから押しつけられたかのような解釈、主張が目立ち、最近まで、漠然とそうなのかなと感じていました。この番組で、国民主権・生存権・義務教育そして戦争放棄と言った日本国憲法のキモは、民間団体、憲法研究会の案の中に、すでに入っていたことがよくわかります。当時の日本政府が作成した憲法草案は旧帝国憲法基本的には変わることなく、GHQにボツにされたとのこと。この番組とほぼ同じ内容が国会図書館のサイトで見ることができます。また、研究会のメンバー、鈴木安蔵さんなどをモデルにした映画、「日本の青空」が県内各地で上映されています。
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